
健康のため、ゆっくり走ることがモットー。ハーフマラソンを中心に、レジャーをかねてレースに出場しています。
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日本の民俗が大好きで、上越地方の雪形や方言などを調べています。
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映画が大好きで、邦画・洋画、新作・旧作を問わず観ています。ロケ地を尋ねるのも好きです。
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楽器はギター、ウクレレ、ピアノ、オカリナを楽しんでいます。作曲も楽しいですね。
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読書が大好きです。好きな作家は太宰治、坂口安吾、宮沢賢治、深沢七郎、小川未明、村上春樹、ドストエフスキーなど。
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このブログでは雪国の不思議なこと、大変なこと、素晴らしいことなどを発信していきます。
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30日22時03分=2022年=
ブラタモリで紹介された「フォッサマグナパーク」へ
昨日の「白馬五竜高山植物園」からの帰り、TV番組「ブラタモリ」で紹介されたフォッサマグナパークに立ち寄った。糸魚川―静岡構造線の断層を直接見学できる場所だ。糸魚川市根知という場所にある。
「ブラタモリによると、糸魚川―静岡構造線は、日本列島の折れ目にあたるフォッサマグナ(ラテン語で大きな溝)の西側の縁にあたる。本州の中央部、糸魚川から始まって、松本、諏訪、静岡を通る大きな断層だ。フォッサマグナは、焼山、妙高山、富士山などの火山を含む幅100km、深さ6000mに及ぶ溝のこと。新潟県や関東地方を含み、日本の人口の3分の1が住んでいるという。
↓渡辺酒造店

↓酒造店の中に東西地層の分け目がある

↓ブラタモリの場面


↓東西の水の飲み比べ

↓解説看板

番組では渡辺酒造店の中を糸静線が横切っていることを紹介した。まずは酒造店に立ち寄った。番組の後に立てたと思われる東西分かれ目の看板があった。店内では東西の水の飲み比べができた。東が軟水、西が硬水だというが、飲み比べても分からなかった。「根知男山」で知られるこの酒造店では西側の硬水のみを使って酒を作っているという。
↓入り口の看板

↓大断層


つづいて大断層へ。ジオパークに指定されてから看板などが新しくなったようだ。歩いて10分ほどだろうか。大断層に着いた。西側の3~4億年前の古い岩石がユーラシアプレートで、灰色をしている。東側は北アメリカプレートで、1600万年前だという。色は茶色だ。


↓ブラタモリの場面

想像もできない地球のダイナミックな歴史の一部が露出し、自分の目で見ることができるとは不思議なものだ。
今日の
最低気温23.8度、最高気温33.9度。晴れ。
○……今夜放送の『林修の今でしょ 木曜特別講座』。名画の謎と魅力に迫った面白い番組だった。フェルメールの「真珠の首飾りの少女」のモデルは? ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」の絵の女性のおっぱいが丸出しの理由は? ムンクの「叫び」本当は叫んでいない? ゴッホ「ひまわり」全部で12枚もあった?……どれも面白かった。
最後はレオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナリザ」のモデルは誰かという500年論争の秘密。依頼でジョコンド夫人を描いたことは決着が付いているが、絵の納期が遅れたため、受け取りを拒否されたという。ダ・ヴィンチはその後も亡くなる直前まで絵を描き続け、理想の女性に仕上げたという。
「ブラタモリによると、糸魚川―静岡構造線は、日本列島の折れ目にあたるフォッサマグナ(ラテン語で大きな溝)の西側の縁にあたる。本州の中央部、糸魚川から始まって、松本、諏訪、静岡を通る大きな断層だ。フォッサマグナは、焼山、妙高山、富士山などの火山を含む幅100km、深さ6000mに及ぶ溝のこと。新潟県や関東地方を含み、日本の人口の3分の1が住んでいるという。
↓渡辺酒造店

↓酒造店の中に東西地層の分け目がある

↓ブラタモリの場面


↓東西の水の飲み比べ

↓解説看板

番組では渡辺酒造店の中を糸静線が横切っていることを紹介した。まずは酒造店に立ち寄った。番組の後に立てたと思われる東西分かれ目の看板があった。店内では東西の水の飲み比べができた。東が軟水、西が硬水だというが、飲み比べても分からなかった。「根知男山」で知られるこの酒造店では西側の硬水のみを使って酒を作っているという。
↓入り口の看板

↓大断層


つづいて大断層へ。ジオパークに指定されてから看板などが新しくなったようだ。歩いて10分ほどだろうか。大断層に着いた。西側の3~4億年前の古い岩石がユーラシアプレートで、灰色をしている。東側は北アメリカプレートで、1600万年前だという。色は茶色だ。


↓ブラタモリの場面

想像もできない地球のダイナミックな歴史の一部が露出し、自分の目で見ることができるとは不思議なものだ。
今日の足跡
最低気温23.8度、最高気温33.9度。晴れ。
○……今夜放送の『林修の今でしょ 木曜特別講座』。名画の謎と魅力に迫った面白い番組だった。フェルメールの「真珠の首飾りの少女」のモデルは? ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」の絵の女性のおっぱいが丸出しの理由は? ムンクの「叫び」本当は叫んでいない? ゴッホ「ひまわり」全部で12枚もあった?……どれも面白かった。
最後はレオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナリザ」のモデルは誰かという500年論争の秘密。依頼でジョコンド夫人を描いたことは決着が付いているが、絵の納期が遅れたため、受け取りを拒否されたという。ダ・ヴィンチはその後も亡くなる直前まで絵を描き続け、理想の女性に仕上げたという。
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- そばで知られる深大寺 黒い温泉も (2022/06/25)
- 太宰治文学散歩「三鷹」③ 太宰が渡った跨線橋 (2022/06/24)
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29日21時16分=2022年=
女王コマクサに出会えた「白馬五竜高山植物園」
天候のタイミングをみて、友人ら計4人で、長野県白馬村の「白馬五竜高山植物園」へ行ってきた。最大目的のコマクサが一番の見頃だったし、ヒマラヤの青いケシもちょうど咲き始め。映画「サウンド・オブ・ミュージック」で知られるエーデルワイスも見ることができた。
↓「白馬五竜高山植物園」の案内図

↓ゴンドラ乗り場

↓北アルプスの展望

↓妙高方面の展望

「白馬五竜高山植物園」はゴンドラ終点駅の標高が1515m。上越市では最高気温が35度を超える猛暑日になったが、植物園では日差しは厳しいものの、風が涼しい。五竜岳や白馬岳など、雄大な北アルプスが目の前に広がる。雪がまだ残っており、とてもきれいだった。
↓ペアリフト

↓地蔵の頭

↓ロックガーデン

駐車場に車を止め、標高618mのエスカルプラザからゴンドラ「テレキャビン」に乗り、約8分。標高1515mのアルプス駅に降りる。そこからリフトに乗り継ぎ、少し上ると、標高1676mの「地蔵の頭」へ。そこからは、植物園を見ながら下っていく。
↓コマクサの群落



一番の見所、コマクサはロックガーデンに栽培されており、その数がすごい。あまりの見事さ、美しさ、可憐さに声が出ないほど。まさに「高山植物の女王」である。園内では12万株が生育されているというから驚きだ。
↓ヒマラヤの青いケシ

ヒマラヤの青いケシも咲き始めたばかりでラッキーだった。2輪が咲いていた。花が大きく、透き通るような独特の青色が魅力的だ。ヒマラヤでは標高4000mの所に咲くそうだ。
↓エーデルワイス

エーデルワイスも一度見たかった花。アルプスを代表する高山植物で、スイスの国花。ドイツ語で「高貴なる白」という意味だという。
いろいろ写真を撮ったが、整理ができていない。特定できた花の写真を何点か紹介したい。
↓チングルマ

↓イワシモツケ

↓オニアザミ

↓コバイケソウ

↓サラサドウダン

↓ワタスゲ

↓公式サイト
https://www.hakubaescal.com/shokubutsuen/
今日の
最低気温22.8度、最高気温35.2度。晴れ。猛暑日。

○……昼食はゴンドラ駅の「エスカルプラザ」のレストランで「トマトソースの冷製パスタ」(1200円)を食べた。雄大な北アルプスを眺めながら食べるパスタは格別だった。
↓「白馬五竜高山植物園」の案内図

↓ゴンドラ乗り場

↓北アルプスの展望

↓妙高方面の展望

「白馬五竜高山植物園」はゴンドラ終点駅の標高が1515m。上越市では最高気温が35度を超える猛暑日になったが、植物園では日差しは厳しいものの、風が涼しい。五竜岳や白馬岳など、雄大な北アルプスが目の前に広がる。雪がまだ残っており、とてもきれいだった。
↓ペアリフト

↓地蔵の頭

↓ロックガーデン

駐車場に車を止め、標高618mのエスカルプラザからゴンドラ「テレキャビン」に乗り、約8分。標高1515mのアルプス駅に降りる。そこからリフトに乗り継ぎ、少し上ると、標高1676mの「地蔵の頭」へ。そこからは、植物園を見ながら下っていく。
↓コマクサの群落



一番の見所、コマクサはロックガーデンに栽培されており、その数がすごい。あまりの見事さ、美しさ、可憐さに声が出ないほど。まさに「高山植物の女王」である。園内では12万株が生育されているというから驚きだ。
↓ヒマラヤの青いケシ

ヒマラヤの青いケシも咲き始めたばかりでラッキーだった。2輪が咲いていた。花が大きく、透き通るような独特の青色が魅力的だ。ヒマラヤでは標高4000mの所に咲くそうだ。
↓エーデルワイス

エーデルワイスも一度見たかった花。アルプスを代表する高山植物で、スイスの国花。ドイツ語で「高貴なる白」という意味だという。
いろいろ写真を撮ったが、整理ができていない。特定できた花の写真を何点か紹介したい。
↓チングルマ

↓イワシモツケ

↓オニアザミ

↓コバイケソウ

↓サラサドウダン

↓ワタスゲ

↓公式サイト
https://www.hakubaescal.com/shokubutsuen/
今日の足跡
最低気温22.8度、最高気温35.2度。晴れ。猛暑日。

○……昼食はゴンドラ駅の「エスカルプラザ」のレストランで「トマトソースの冷製パスタ」(1200円)を食べた。雄大な北アルプスを眺めながら食べるパスタは格別だった。
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28日21時33分=2022年=
自分の死を選択できる未来の怖さ 映画「PLAN75」
【評】★5つが最高、☆は半分
★★★☆

「人間は生まれてくるときは選べないから、死ぬときぐらいは選べたらいいだろうな」という新制度をPRするテレビCMが流れる。
映画で描く「PLAN75」は、75歳以上の人が死を希望したら、国の支援のもとで安らかな最期を迎えられる。法案は国会で成立し、高齢化問題を解決する糸口になると、テレビのニュースが報じている。
政府は街頭でPRしたり、相談所を設けたりして、制度の周知に一生懸命だ。生前整理から葬儀、墓の手配、手続きまで全部やってくれる。さらに「PLAN75」に申し込むと、10万円がもらえ、何に使ってもいいという。途中でやめるのも自由だが、やめさせないように、定期的に電話をかけて心のサポートをしている(やめたら10万円は返すのだろうか?)


なんだか、高齢者福祉制度みたいだが、簡単にいえば合法的な安楽死制度。当然、低所得の1人暮らしの高齢者ばかりである。
倍賞千恵子が演じる78歳の独居女性・角谷ミチは、ホテル清掃の仕事を高齢ゆえに失い、身寄りがなく、このままではアパート代も払えなくなる。この制度を利用しようと決心するまで、自然な流れだ。
こんな風に、弱者を切り捨てる社会になったら、本当に怖い。
映画はまるで現実であるようにリアルで、見ていても現実と映画の境目がなくなってくる。この映画を見て、「PLAN75」を利用したいという人がいるだろうな、と思えるのも怖い。
どんな結末になるか興味があったが、映画は結論を見せずに終わる。
人を火葬するのには埋葬許可証が必要なことも知らないとか、施設のセキュリティーのひどさとか、つっこみどころはあるが、こういう視点で映画を作ったことは素晴らしい。早川千絵監督に賛辞を贈りたい。
観客は「PLAN75」の該当者が多かった。J-MAXシアターで上映中。
今日の
最低気温22.6度、最高気温34.2度。晴れ。早くも梅雨明け。しばらく猛暑が続きそうだ。
○……昨日は田町公民館で、「ごみ減量・リサイクル説明会」があった。
来年4月から生ごみ袋がリサイクル素材となり、値上げされる。生ゴミの収集は週3回から2回になる。新たにプラスチックが分別収集されるという。
ごみ減量や、二酸化炭素の排出量を減らす施策などについて、1時間ほど説明があった。
生ごみは1人1日69g減らすのが目標だとか。そうとう意識してやらないとできない。まずは、紙類を燃えるごみに入れないように、努力してみたい。ごみ袋代も助かる。
生ゴミを微生物の力で消してしまう「キエーロ」も普及するといいな。
★★★☆

「人間は生まれてくるときは選べないから、死ぬときぐらいは選べたらいいだろうな」という新制度をPRするテレビCMが流れる。
映画で描く「PLAN75」は、75歳以上の人が死を希望したら、国の支援のもとで安らかな最期を迎えられる。法案は国会で成立し、高齢化問題を解決する糸口になると、テレビのニュースが報じている。
政府は街頭でPRしたり、相談所を設けたりして、制度の周知に一生懸命だ。生前整理から葬儀、墓の手配、手続きまで全部やってくれる。さらに「PLAN75」に申し込むと、10万円がもらえ、何に使ってもいいという。途中でやめるのも自由だが、やめさせないように、定期的に電話をかけて心のサポートをしている(やめたら10万円は返すのだろうか?)


なんだか、高齢者福祉制度みたいだが、簡単にいえば合法的な安楽死制度。当然、低所得の1人暮らしの高齢者ばかりである。
倍賞千恵子が演じる78歳の独居女性・角谷ミチは、ホテル清掃の仕事を高齢ゆえに失い、身寄りがなく、このままではアパート代も払えなくなる。この制度を利用しようと決心するまで、自然な流れだ。
こんな風に、弱者を切り捨てる社会になったら、本当に怖い。
映画はまるで現実であるようにリアルで、見ていても現実と映画の境目がなくなってくる。この映画を見て、「PLAN75」を利用したいという人がいるだろうな、と思えるのも怖い。
どんな結末になるか興味があったが、映画は結論を見せずに終わる。
人を火葬するのには埋葬許可証が必要なことも知らないとか、施設のセキュリティーのひどさとか、つっこみどころはあるが、こういう視点で映画を作ったことは素晴らしい。早川千絵監督に賛辞を贈りたい。
観客は「PLAN75」の該当者が多かった。J-MAXシアターで上映中。
今日の足跡
最低気温22.6度、最高気温34.2度。晴れ。早くも梅雨明け。しばらく猛暑が続きそうだ。
○……昨日は田町公民館で、「ごみ減量・リサイクル説明会」があった。
来年4月から生ごみ袋がリサイクル素材となり、値上げされる。生ゴミの収集は週3回から2回になる。新たにプラスチックが分別収集されるという。
ごみ減量や、二酸化炭素の排出量を減らす施策などについて、1時間ほど説明があった。
生ごみは1人1日69g減らすのが目標だとか。そうとう意識してやらないとできない。まずは、紙類を燃えるごみに入れないように、努力してみたい。ごみ袋代も助かる。
生ゴミを微生物の力で消してしまう「キエーロ」も普及するといいな。
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27日22時30分=2022年=
鎌倉のアジサイ 有名な寺は見れず
先週のことになってしまったが、三鷹での太宰治の文学散歩を終えた2日目。せっかく来たのだから、鎌倉のアジサイを見に行こうと、もう1泊することになった。
「月曜日だから空いているだろう」と考えたのが大間違い。平日なのに道路は大渋滞。駐車場はバカ高い上、軒並み満車。まいったな。鎌倉のアジサイは電車で来て、歩いて回るのがいいことが分かった。アジサイが有名な寺は多いので、相当な距離を歩くことになる。高齢者向きではない。歩いているのは若い人が多い。

↓長谷寺


テレビ中継でやっていたアジサイ寺で有名な長谷寺へ行ったら、コロナ禍のため、時間を区切って入場制限をしていた。既に整理券の配布が終了し、2500株のアジサイが植えられている観音山あじさい路に行くことはできなかった。早朝に行かないとだめだと思う。
数千本のブルーのアジサイで有名な明月院も、夕方は空いているかと思ったら、既に閉門していた。
↓点心庵

↓けんちん汁

建長寺の名物「けんちん汁」を食べようと出かけた。けんちん汁は肉や魚を使わない精進料理で、ゴボウ、ダイコン、ニンジン、サトイモなどをゴマ油で炒め、だし汁としょうゆで味付けしたもの。豆腐も入っていた。
「けんちん汁」は、建長寺の開山蘭渓道隆が発案したもので、「建長汁」がなまって「けんちん汁」になったと言われる。
門前の有名店「点心案」で少し並んで食べた。けんちん汁と小鉢、漬物、塩むすび2個が付いたセットで990円。けんちん汁はだしが効いていておいしかった。
↓鶴岡八幡宮

↓アジサイが浮く手水場


アジサイ見物は不発に終わったが、途中で立ち寄った鶴岡八幡宮で、手水場に浮かべてあった色とりどりのアジサイが美しく、女性が群がっていた。彩りがすばらしく、インスタ向きだと思う。
今日の
最低気温 度、最高気温 度。晴れ。関東甲信地方が史上最も早い梅雨明けだという。

↓大仏の背中

○……高徳院で鎌倉大仏に初対面。像高は約11m、重量は約121トンだという。奈良の東大寺の大仏は約15mで、富山県にある高岡大仏は約7.5m。三大仏では奈良の大仏が一番大きいことになる。
背中からみると、大きな窓が開いている。通気穴だろうか。中に入ってみたいな。
「月曜日だから空いているだろう」と考えたのが大間違い。平日なのに道路は大渋滞。駐車場はバカ高い上、軒並み満車。まいったな。鎌倉のアジサイは電車で来て、歩いて回るのがいいことが分かった。アジサイが有名な寺は多いので、相当な距離を歩くことになる。高齢者向きではない。歩いているのは若い人が多い。

↓長谷寺


テレビ中継でやっていたアジサイ寺で有名な長谷寺へ行ったら、コロナ禍のため、時間を区切って入場制限をしていた。既に整理券の配布が終了し、2500株のアジサイが植えられている観音山あじさい路に行くことはできなかった。早朝に行かないとだめだと思う。
数千本のブルーのアジサイで有名な明月院も、夕方は空いているかと思ったら、既に閉門していた。
↓点心庵

↓けんちん汁

建長寺の名物「けんちん汁」を食べようと出かけた。けんちん汁は肉や魚を使わない精進料理で、ゴボウ、ダイコン、ニンジン、サトイモなどをゴマ油で炒め、だし汁としょうゆで味付けしたもの。豆腐も入っていた。
「けんちん汁」は、建長寺の開山蘭渓道隆が発案したもので、「建長汁」がなまって「けんちん汁」になったと言われる。
門前の有名店「点心案」で少し並んで食べた。けんちん汁と小鉢、漬物、塩むすび2個が付いたセットで990円。けんちん汁はだしが効いていておいしかった。
↓鶴岡八幡宮

↓アジサイが浮く手水場


アジサイ見物は不発に終わったが、途中で立ち寄った鶴岡八幡宮で、手水場に浮かべてあった色とりどりのアジサイが美しく、女性が群がっていた。彩りがすばらしく、インスタ向きだと思う。
今日の足跡
最低気温 度、最高気温 度。晴れ。関東甲信地方が史上最も早い梅雨明けだという。

↓大仏の背中

○……高徳院で鎌倉大仏に初対面。像高は約11m、重量は約121トンだという。奈良の東大寺の大仏は約15mで、富山県にある高岡大仏は約7.5m。三大仏では奈良の大仏が一番大きいことになる。
背中からみると、大きな窓が開いている。通気穴だろうか。中に入ってみたいな。
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26日20時27分=2022年=
新潟県内ロケの映画「峠 最後のサムライ」
【評】★5つが最高
★★★

原作である司馬遼太郎の長編時代小説「峠」は、若い頃に読んだので、ストーリーを忘れてしまっていた。映画になった「峠 最後のサムライ」を見てもつながらない。河井継之助がいきなり家老として登場したので驚いた。前半省略? こんな話だっけ? 本筋よりも、河井継之助と妻おすがの夫婦愛の物語に感じた。

それだけ継之助を演じた役所広司と、おすがを演じた松たか子の存在感が強いのだろう。一度決意したら、命をなげうって徳川家に尽くす姿は、まさに“最後のサムライ”だった。
大政奉還で天皇に政権を返してもで、すんなり新政府が樹立するわけもない。明治維新は一種の革命なのである。日本は旧幕府の東軍と、薩摩・長州を中心にした新政府軍(西軍)に二分し、「戊辰戦争」という内戦に突入する。コロナ禍で公開が3回も延期されるうち、ロシアのウクライナ侵攻が起き、重ねて見てしまうのは仕方がないことか。
内戦が長引くと、日本は外国の植民地にされかねない。無用な争いで多数の武士や領民の命が失われることも防ぎたい。福沢諭吉の『学問のすゝめ』が説くように、継之助はこれからの日本は「教育」が一番重要で、「侍は民のために存在する」(民は国の本、吏は民の雇)という先進的な考えを持っていた。恥も外聞もなく内戦を防ごうとする継之助の気持ちは痛いほど分かる。同じ長岡人の山本五十六と似ていると感じた。五十六も役所広司が演じたからなおさらだ。


役所広司はセリフが多く、大変だったと思うが、力強く説得力のある台詞回し、サムライとしての最後が迫る中での悲壮感など、どれをとっても素晴らしい。黒澤明の時代なら、三船敏郎か、仲代達矢が主役をやっただろうな。
松たか子の所作が美しく見とれてしまった。夫の芸者遊びに連れ出され、「長岡甚句」を踊る場面も上手な踊りを見せてくれた。
長岡藩が先駆けて導入した最新の機関銃「ガトリング砲」の威力がすごい。うまく活用すれば、勝てたかもしれないのに。誰もガトリング砲を使えず、家老自ら撃っているのでは仕方がない。訓練をする時間がなかったのかも。予算が足りなかったのか、戦闘シーンがゆるすぎた。主要人物が誰も死なない。
継之助は足を負傷し、破傷風で42歳で亡くなった。次の助は死期を悟り、火葬の準備をさせる場面で映画は終わる。ラストシーンは物足りない。
今日の
最低気温23.1度、最高気温32.2度。晴れ。連日暑い。


○……息子が「父の日」にビールやチューハイの350ml缶がすっぽり入る「サーモス 保冷缶ホルダー」をプレゼントしてくれた。自分で使ってみて、すごく良かったからだという。
さっそく使ってみた。口部分がゴム状の素材になっていて、抜け落ちないようになっている。350ml用だが、500ml缶でもいいと思う。最初はぐっと飲むので、内容量が減るからだ。
缶が汗をかかないのもいいと思う。
★★★

原作である司馬遼太郎の長編時代小説「峠」は、若い頃に読んだので、ストーリーを忘れてしまっていた。映画になった「峠 最後のサムライ」を見てもつながらない。河井継之助がいきなり家老として登場したので驚いた。前半省略? こんな話だっけ? 本筋よりも、河井継之助と妻おすがの夫婦愛の物語に感じた。

それだけ継之助を演じた役所広司と、おすがを演じた松たか子の存在感が強いのだろう。一度決意したら、命をなげうって徳川家に尽くす姿は、まさに“最後のサムライ”だった。
大政奉還で天皇に政権を返してもで、すんなり新政府が樹立するわけもない。明治維新は一種の革命なのである。日本は旧幕府の東軍と、薩摩・長州を中心にした新政府軍(西軍)に二分し、「戊辰戦争」という内戦に突入する。コロナ禍で公開が3回も延期されるうち、ロシアのウクライナ侵攻が起き、重ねて見てしまうのは仕方がないことか。
内戦が長引くと、日本は外国の植民地にされかねない。無用な争いで多数の武士や領民の命が失われることも防ぎたい。福沢諭吉の『学問のすゝめ』が説くように、継之助はこれからの日本は「教育」が一番重要で、「侍は民のために存在する」(民は国の本、吏は民の雇)という先進的な考えを持っていた。恥も外聞もなく内戦を防ごうとする継之助の気持ちは痛いほど分かる。同じ長岡人の山本五十六と似ていると感じた。五十六も役所広司が演じたからなおさらだ。


役所広司はセリフが多く、大変だったと思うが、力強く説得力のある台詞回し、サムライとしての最後が迫る中での悲壮感など、どれをとっても素晴らしい。黒澤明の時代なら、三船敏郎か、仲代達矢が主役をやっただろうな。
松たか子の所作が美しく見とれてしまった。夫の芸者遊びに連れ出され、「長岡甚句」を踊る場面も上手な踊りを見せてくれた。
長岡藩が先駆けて導入した最新の機関銃「ガトリング砲」の威力がすごい。うまく活用すれば、勝てたかもしれないのに。誰もガトリング砲を使えず、家老自ら撃っているのでは仕方がない。訓練をする時間がなかったのかも。予算が足りなかったのか、戦闘シーンがゆるすぎた。主要人物が誰も死なない。
継之助は足を負傷し、破傷風で42歳で亡くなった。次の助は死期を悟り、火葬の準備をさせる場面で映画は終わる。ラストシーンは物足りない。
今日の足跡
最低気温23.1度、最高気温32.2度。晴れ。連日暑い。


○……息子が「父の日」にビールやチューハイの350ml缶がすっぽり入る「サーモス 保冷缶ホルダー」をプレゼントしてくれた。自分で使ってみて、すごく良かったからだという。
さっそく使ってみた。口部分がゴム状の素材になっていて、抜け落ちないようになっている。350ml用だが、500ml缶でもいいと思う。最初はぐっと飲むので、内容量が減るからだ。
缶が汗をかかないのもいいと思う。
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25日20時25分=2022年=
そばで知られる深大寺 黒い温泉も
太宰治のゆかりの地巡りに行く途中、調布市の深大寺に立ち寄った。日本三大だるま市の1つ「深大寺だるま市」や、豊富な地下水を利用した「深大寺そば」で知られる。
↓深大寺本堂

↓元三大師堂

山門を上がると右手側に本堂があり、左手に元三大師堂がある。その間に、「なんじゃもんじゃの木」があった。一度見てみたい木だった。
↓なんじゃもんじゃの木

見たことがない不思議なものを「これは何というもんじゃ」と尋ねたことから、「なんじゃもんじゃ」と呼ばれるようになったという。花は4月下旬からゴールデンウイークに開花し、雪が降り積もったような白い花が咲き乱れることから、スノーフラワーとも呼ぶらしい。花が散る時、プロペラのように回転しながら散るという。一度見てみたいものだ。
釈迦堂には7世紀の作とされる国宝の釈迦如来像(白鳳仏)がある。写真は不可。像は火災に遭い、表面の金箔が失われている。椅子に腰掛けた珍しい像である。
↓鬼太郎茶屋


↓鬼太郎やねずみ男も

深大寺近くの門前には、そば店や土産店がたくさん並んでいた。その中に「鬼太郎茶屋」という変わった茶屋があった。
↓のっぺらぼう

↓人魚

↓漫画の原画

「妖怪ショップ」にはゲゲゲの鬼太郎のグッズがたくさん並んでいた。「妖怪喫茶」のほか、2階には「妖怪ギャラリー」がある。水木しげるが描いた妖怪画や、日本各地の妖怪のフィギュアや絵が展示されていた。
↓湯守の里

↓黒い温泉(公式サイトより)

昼食は温泉とそばが一緒に楽しめる「湯守の里」へ。ここの温泉は地下1500mから汲み上げたもので、泉質は「ナトリウム-塩化物泉」。黒褐色なのが特徴で、使ったタオルが黒くなった。
↓めかぶとろろそば

風呂上がりに、名物の深大寺そばを食べた。「めかぶとろろそば」(890円)はおいしかった。
◇深大寺公式サイト
https://www.jindaiji.or.jp/
◇鬼太郎茶屋公式サイト
https://kitaro-chaya.jp/
◇湯守の里の公式サイト
https://www.yumorinosato.com/
今日の

最低気温21.9度、最高気温32.8度。晴れ。
○……妙高市文化ホール周辺のカルチャーロードの街路樹を見て驚いた。新井小学校に面するケヤキ数十本の枝がバッサリと切られ、丸坊主になっていたのだ。これからカルチャーロードを散歩する際、日陰がほしい真夏を迎えるというのにどういうことなのか。
考えられる理由は2つ。①枝が電線に触れていて危険なため ②カラスがケヤキに巣を作り、木の下がフン害になっているから
②は新井高校側にあるケヤキの枝は切られていないので違う。①は同様の理由で、新井高校側のケヤキの近くには電線がない。つまり、①が原因の可能性が高いのではないか。あくまでも推理だけれど。
↓深大寺本堂

↓元三大師堂

山門を上がると右手側に本堂があり、左手に元三大師堂がある。その間に、「なんじゃもんじゃの木」があった。一度見てみたい木だった。
↓なんじゃもんじゃの木

見たことがない不思議なものを「これは何というもんじゃ」と尋ねたことから、「なんじゃもんじゃ」と呼ばれるようになったという。花は4月下旬からゴールデンウイークに開花し、雪が降り積もったような白い花が咲き乱れることから、スノーフラワーとも呼ぶらしい。花が散る時、プロペラのように回転しながら散るという。一度見てみたいものだ。
釈迦堂には7世紀の作とされる国宝の釈迦如来像(白鳳仏)がある。写真は不可。像は火災に遭い、表面の金箔が失われている。椅子に腰掛けた珍しい像である。
↓鬼太郎茶屋


↓鬼太郎やねずみ男も

深大寺近くの門前には、そば店や土産店がたくさん並んでいた。その中に「鬼太郎茶屋」という変わった茶屋があった。
↓のっぺらぼう

↓人魚

↓漫画の原画

「妖怪ショップ」にはゲゲゲの鬼太郎のグッズがたくさん並んでいた。「妖怪喫茶」のほか、2階には「妖怪ギャラリー」がある。水木しげるが描いた妖怪画や、日本各地の妖怪のフィギュアや絵が展示されていた。
↓湯守の里

↓黒い温泉(公式サイトより)

昼食は温泉とそばが一緒に楽しめる「湯守の里」へ。ここの温泉は地下1500mから汲み上げたもので、泉質は「ナトリウム-塩化物泉」。黒褐色なのが特徴で、使ったタオルが黒くなった。
↓めかぶとろろそば

風呂上がりに、名物の深大寺そばを食べた。「めかぶとろろそば」(890円)はおいしかった。
◇深大寺公式サイト
https://www.jindaiji.or.jp/
◇鬼太郎茶屋公式サイト
https://kitaro-chaya.jp/
◇湯守の里の公式サイト
https://www.yumorinosato.com/
今日の足跡

最低気温21.9度、最高気温32.8度。晴れ。
○……妙高市文化ホール周辺のカルチャーロードの街路樹を見て驚いた。新井小学校に面するケヤキ数十本の枝がバッサリと切られ、丸坊主になっていたのだ。これからカルチャーロードを散歩する際、日陰がほしい真夏を迎えるというのにどういうことなのか。
考えられる理由は2つ。①枝が電線に触れていて危険なため ②カラスがケヤキに巣を作り、木の下がフン害になっているから
②は新井高校側にあるケヤキの枝は切られていないので違う。①は同様の理由で、新井高校側のケヤキの近くには電線がない。つまり、①が原因の可能性が高いのではないか。あくまでも推理だけれど。
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24日20時00分=2022年=
太宰治文学散歩「三鷹」③ 太宰が渡った跨線橋
三鷹駅から500mほど離れた場所にある“撮り鉄スポット”として有名な跨線橋「三鷹跨線人道橋」は、太宰治が渡った場所であり、お気に入りだったという。その橋は建設から92年が経過し、JR東日本は撤去方針を三鷹市に通知した。三鷹市は一旦、方針を受け入れたが、橋桁や階段の一部を保存することになったと報じられた。
↓太宰が通った跨線橋

↓太宰が写っている写真

↓上から見た跨線橋。この先500mに三鷹駅がある

↓太宰ゆかりの地を示すプレート。ひび割れている

跨線橋にある4つの階段のうち、太宰が使ったことが写真で確認されている南東の階段を保存する方向だという。だが、完全な形で見られる時間は、もうわずかだ。
今回、太宰が利用した酒店、うなぎ屋、風呂屋などの跡も巡ったが、プレート1枚があるだけで、当時の面影がまったくない。とにかく実際に太宰が渡った跨線橋が、一部でも残るのは素晴らしい。
今回、太宰の痕跡を歩いて回った場所に設置されていたプレートの写真を掲載したい。
「三鷹 太宰治マップ」に、ゆかりの場所のくわしい住所が掲載されており、スマホのGoogleマップを頼りにたどり着くことができた。スマホとマップなしでは無理だっただろう。
行く先々で太宰ファンがマップ片手にゆかりの地巡りをしていて、先に見つけた人が「ここにあった」と合図してくれたこともあった。太宰ファン同士でふれあえたことが、いい体験になった。
◇中鉢家跡(下連雀3-43-32)
現:藤和シティスクエア三鷹駅前
1946(昭和21)年11月、疎開から戻った太宰は、三鷹駅前郵便局のはす向かいに仕事場を借りた。ここで「ヴィヨンの妻」などを執筆。「朝」はこの部屋が舞台だという。

◇うなぎ若松屋跡(下連雀3-35-8)
太宰が編集者との打ち合わせ場所にしていた馴染みの屋台。品川用水(現:さくら通り)沿いにあった。

◇田辺肉店離れ跡(下連雀3-27-8 ムサシ三鷹ビル1F)
現:サイゼリア三鷹駅南口店
1947(昭和22)年4月から、「斜陽」を書き継ぐために、田辺肉店のアパートを借りた。この店を舞台にして「犯人」が書かれた。

◇太宰横丁(下連雀3-27-8 ムサシ三鷹ビルの東側の通り)
小さな飲食店が軒を並べていて、太宰が通ったことで通称ができた。行きつけの「喜久屋」(小料理屋)が、この通りの三鷹駅近くにあった。狭い路地である。
↓太宰横丁

◇野川家跡(下連雀3-15-15 イル・デ・パン1F)
現:永塚葬儀社
山崎富栄と親しくなった1947(昭和22)年9月頃から、彼女の下宿先の野川家2階も仕事場にしていた。太宰最後の日、ここから2人で玉川上水へ向かった。

◇千草跡(下連雀3-24-3) 現:Brillia MITAKA
1947(昭和22)年7月から小料理屋千草の2階も仕事場にしていた。

今日の
最低気温25.0度、最高気温36.7度。曇り。12時34分に36.7度を記録。この夏初めての猛暑日となった。
○……NHKの朝ドラ「ちむどんどん」の感動的なエピソード。暢子はレストラン「フォンターナ」のシェフ代行がうまくいかず、スタッフは思うように動いてくれない。兄の賢秀から「女だとなめられてはいけない」と言われ、命令口調で指示するが、かえって反発を買う。
骨折で入院中のシェフ二ツ橋にアドバイスを求めに行ったところ、二ツ橋は「暢子らしさを大事に」と答える。暢子をシェフ代行に推したのは二ツ橋だったのだ。
「暢子らしさとはなにか」。その答えを求め、沖縄の母に電話する。「うちのいいとこってなに?」。「ありがとうとごめんなさいを大きな声で言えるところが、暢子の一番いいところよ」。
暢子はついに答えを見つけたのだった。母の偉大さを感じた。
仲間が10円玉をかき集め、公衆電話をかけている暢子を支える場面も良かった。学生時代、10円玉を公衆電話の上に積み上げて家に電話したことを思い出した。あの頃の市外通話は高かった。通話が安くなる夜を待って電話したが、それでも10円玉がどんどん減っていった。
↓太宰が通った跨線橋

↓太宰が写っている写真

↓上から見た跨線橋。この先500mに三鷹駅がある

↓太宰ゆかりの地を示すプレート。ひび割れている

跨線橋にある4つの階段のうち、太宰が使ったことが写真で確認されている南東の階段を保存する方向だという。だが、完全な形で見られる時間は、もうわずかだ。
今回、太宰が利用した酒店、うなぎ屋、風呂屋などの跡も巡ったが、プレート1枚があるだけで、当時の面影がまったくない。とにかく実際に太宰が渡った跨線橋が、一部でも残るのは素晴らしい。
今回、太宰の痕跡を歩いて回った場所に設置されていたプレートの写真を掲載したい。
「三鷹 太宰治マップ」に、ゆかりの場所のくわしい住所が掲載されており、スマホのGoogleマップを頼りにたどり着くことができた。スマホとマップなしでは無理だっただろう。
行く先々で太宰ファンがマップ片手にゆかりの地巡りをしていて、先に見つけた人が「ここにあった」と合図してくれたこともあった。太宰ファン同士でふれあえたことが、いい体験になった。
◇中鉢家跡(下連雀3-43-32)
現:藤和シティスクエア三鷹駅前
1946(昭和21)年11月、疎開から戻った太宰は、三鷹駅前郵便局のはす向かいに仕事場を借りた。ここで「ヴィヨンの妻」などを執筆。「朝」はこの部屋が舞台だという。

◇うなぎ若松屋跡(下連雀3-35-8)
太宰が編集者との打ち合わせ場所にしていた馴染みの屋台。品川用水(現:さくら通り)沿いにあった。

◇田辺肉店離れ跡(下連雀3-27-8 ムサシ三鷹ビル1F)
現:サイゼリア三鷹駅南口店
1947(昭和22)年4月から、「斜陽」を書き継ぐために、田辺肉店のアパートを借りた。この店を舞台にして「犯人」が書かれた。

◇太宰横丁(下連雀3-27-8 ムサシ三鷹ビルの東側の通り)
小さな飲食店が軒を並べていて、太宰が通ったことで通称ができた。行きつけの「喜久屋」(小料理屋)が、この通りの三鷹駅近くにあった。狭い路地である。
↓太宰横丁

◇野川家跡(下連雀3-15-15 イル・デ・パン1F)
現:永塚葬儀社
山崎富栄と親しくなった1947(昭和22)年9月頃から、彼女の下宿先の野川家2階も仕事場にしていた。太宰最後の日、ここから2人で玉川上水へ向かった。

◇千草跡(下連雀3-24-3) 現:Brillia MITAKA
1947(昭和22)年7月から小料理屋千草の2階も仕事場にしていた。

今日の足跡
最低気温25.0度、最高気温36.7度。曇り。12時34分に36.7度を記録。この夏初めての猛暑日となった。
○……NHKの朝ドラ「ちむどんどん」の感動的なエピソード。暢子はレストラン「フォンターナ」のシェフ代行がうまくいかず、スタッフは思うように動いてくれない。兄の賢秀から「女だとなめられてはいけない」と言われ、命令口調で指示するが、かえって反発を買う。
骨折で入院中のシェフ二ツ橋にアドバイスを求めに行ったところ、二ツ橋は「暢子らしさを大事に」と答える。暢子をシェフ代行に推したのは二ツ橋だったのだ。
「暢子らしさとはなにか」。その答えを求め、沖縄の母に電話する。「うちのいいとこってなに?」。「ありがとうとごめんなさいを大きな声で言えるところが、暢子の一番いいところよ」。
暢子はついに答えを見つけたのだった。母の偉大さを感じた。
仲間が10円玉をかき集め、公衆電話をかけている暢子を支える場面も良かった。学生時代、10円玉を公衆電話の上に積み上げて家に電話したことを思い出した。あの頃の市外通話は高かった。通話が安くなる夜を待って電話したが、それでも10円玉がどんどん減っていった。
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23日21時32分=2022年=
太宰治文学散歩「三鷹」② 太宰が入水した玉川上水へ
太宰治が山崎富栄とともに玉川上水に入水したのが、昭和23年6月13日。遺体が見つかったのは6日後の19日(桜桃忌の日)。玉川上水はかつて江戸市中へ飲料水を供給していた上水の一つである。太宰が命を絶った場所はいったいどんな所なのか。この機会に確かめることにした。
↓玉川上水沿いの遊歩道「風の散歩道」

↓玉川上水の流れ

玉川上水は三鷹駅の下を流れている。上水沿いの歩道「風の散歩道」を井の頭公園方面(南東)に進み約500m。「むらさき橋」のやや手前が入水場所だ。
↓入水場所近くにある玉鹿石

ここには太宰の故郷、青森県五所川原市金木町産の「玉鹿(ぎょっか)石」が置かれている。1996年6月に設置された。
太宰の遺骨は郷里の菩提寺に納めるべきであったが、生家が「東京で葬るように」と拒絶した。愛人と心中したのだから、仕方がない。五所川原へ太宰を訪ねた際、墓がないことを不思議に思ったが、その理由が分かった。禅林寺住職の厚意もあって、尊敬する森鴎外の墓の近くに墓を建てることができたようだ。入水地の近くに置かれた玉鹿石だけが故郷との接点となった。
↓ポケットパーク

↓「貧乏学生」の一節が書かれたレリーフ

また、やや三鷹駅方面へ行った所が、「ポケットスペース」になっており、ここのレリーフに『貧乏学生』の一節が刻まれている。
今日の
最低気温22.9度、最高気温30.8度。晴れ。

○……妙高市役所の近くに、いつの間にか「カラオケ居酒屋 旬菜亭 梅ちゃん」という店ができていた。
↓玉川上水沿いの遊歩道「風の散歩道」

↓玉川上水の流れ

玉川上水は三鷹駅の下を流れている。上水沿いの歩道「風の散歩道」を井の頭公園方面(南東)に進み約500m。「むらさき橋」のやや手前が入水場所だ。
↓入水場所近くにある玉鹿石

ここには太宰の故郷、青森県五所川原市金木町産の「玉鹿(ぎょっか)石」が置かれている。1996年6月に設置された。
太宰の遺骨は郷里の菩提寺に納めるべきであったが、生家が「東京で葬るように」と拒絶した。愛人と心中したのだから、仕方がない。五所川原へ太宰を訪ねた際、墓がないことを不思議に思ったが、その理由が分かった。禅林寺住職の厚意もあって、尊敬する森鴎外の墓の近くに墓を建てることができたようだ。入水地の近くに置かれた玉鹿石だけが故郷との接点となった。
↓ポケットパーク

↓「貧乏学生」の一節が書かれたレリーフ

また、やや三鷹駅方面へ行った所が、「ポケットスペース」になっており、ここのレリーフに『貧乏学生』の一節が刻まれている。
今日の足跡
最低気温22.9度、最高気温30.8度。晴れ。

○……妙高市役所の近くに、いつの間にか「カラオケ居酒屋 旬菜亭 梅ちゃん」という店ができていた。
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22日21時35分=2022年=
太宰治文学散歩「三鷹」①
太宰治の墓参を終えて、友人から車で三鷹駅まで送ってもらい、以降は1人での文学散歩となった。持参した本『太宰治と歩く文学散歩』(木村綾子著)と、禅林寺で買った『太宰マップ』『三鷹太宰治マップ』を片手に、半日かけて10か所ほどを回ろうという計画だ。

まずは三鷹駅前のCORAL5階にある「太宰治展示室 三鷹の此の小さい家」へ。2020年12月8日に完成したばかりの施設だ。「太宰治と芥川龍卯之助」という企画展をやっていた。太宰と芥川は合うことがなかったが、太宰は芥川の著書が好きで尊敬していたという。展示室では、「トカトントン」「ヴィヨンの妻」の生原稿が展示されていた。生原稿は変色しやすいので複製展示のことが多いが、生原稿を見られてよかった(芥川の『鼻』の原稿は複写だった)。青インクで書かれていた。珍しいものでは、太宰が弘前高校在学中、下宿先で使っていた緑色の電気スタンドが展示されていた。

↓再現された書斎。りんごの木箱を本箱にしていた

「三鷹の此の小さい家」というのは、太宰治の家を資料を基に再現した部屋がある。再現した太宰の書斎(6畳間)だけは写真撮影が可能だ。模型ではあるが、下連雀の6畳間から「走れメロス」「東京八景」などが生み出されたのだ。ギャラリーには、太宰の描いた油絵があった。太宰が絵を描いていたとは知らなかった。ゴッホの絵のようなタッチである。絵の具をぶちまけたような大胆で即興的な肖像画だった。初公開作品を含め、5点ほどが展示されていた。これが企画展の一番の目玉か。
このほか、「太宰治文学サロン」(下連雀3-16-14)という太宰にちなんだ施設がある。三鷹駅から徒歩3分ほど。太宰が贔屓にしていた酒店で、「十二月八日」の舞台となっている「伊勢元酒店」跡の施設。企画展などのほか、太宰グッズ(本、絵葉書や一筆箋、クリアファイルなど)や、太宰にちなんだ菓子類なども売っていた。太宰ファンの女性が記念に買い求めていた。
◇「太宰治文学サロン」公式サイト
https://mitaka-sportsandculture.or.jp/dazai/
今日の
最低気温20.7度、最高気温29.1度。晴れ。

○……三鷹市の玉川上水沿いの「風の散歩道」を歩いていたら、おもしろいデザインマンホールがあった。2020年11月3日に市制施行70周年を迎え、記念事業として設置した。「Poki(ポキ)」は、三鷹の森美術館のオープンを記念して館主である宮崎駿さんがデザインした三鷹のキャラクターだという。

まずは三鷹駅前のCORAL5階にある「太宰治展示室 三鷹の此の小さい家」へ。2020年12月8日に完成したばかりの施設だ。「太宰治と芥川龍卯之助」という企画展をやっていた。太宰と芥川は合うことがなかったが、太宰は芥川の著書が好きで尊敬していたという。展示室では、「トカトントン」「ヴィヨンの妻」の生原稿が展示されていた。生原稿は変色しやすいので複製展示のことが多いが、生原稿を見られてよかった(芥川の『鼻』の原稿は複写だった)。青インクで書かれていた。珍しいものでは、太宰が弘前高校在学中、下宿先で使っていた緑色の電気スタンドが展示されていた。

↓再現された書斎。りんごの木箱を本箱にしていた

「三鷹の此の小さい家」というのは、太宰治の家を資料を基に再現した部屋がある。再現した太宰の書斎(6畳間)だけは写真撮影が可能だ。模型ではあるが、下連雀の6畳間から「走れメロス」「東京八景」などが生み出されたのだ。ギャラリーには、太宰の描いた油絵があった。太宰が絵を描いていたとは知らなかった。ゴッホの絵のようなタッチである。絵の具をぶちまけたような大胆で即興的な肖像画だった。初公開作品を含め、5点ほどが展示されていた。これが企画展の一番の目玉か。
このほか、「太宰治文学サロン」(下連雀3-16-14)という太宰にちなんだ施設がある。三鷹駅から徒歩3分ほど。太宰が贔屓にしていた酒店で、「十二月八日」の舞台となっている「伊勢元酒店」跡の施設。企画展などのほか、太宰グッズ(本、絵葉書や一筆箋、クリアファイルなど)や、太宰にちなんだ菓子類なども売っていた。太宰ファンの女性が記念に買い求めていた。
◇「太宰治文学サロン」公式サイト
https://mitaka-sportsandculture.or.jp/dazai/
今日の足跡
最低気温20.7度、最高気温29.1度。晴れ。

○……三鷹市の玉川上水沿いの「風の散歩道」を歩いていたら、おもしろいデザインマンホールがあった。2020年11月3日に市制施行70周年を迎え、記念事業として設置した。「Poki(ポキ)」は、三鷹の森美術館のオープンを記念して館主である宮崎駿さんがデザインした三鷹のキャラクターだという。
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21日19時37分=2022年=
「桜桃忌」に太宰治を訪ねて
友人から「太宰治の入水場所を知っているか?」と聞かれたものだから、調べて「三鷹駅と井の頭公園の間の玉川上水」と答えたのがきっかけ。高校、大学の頃に太宰に夢中になり、文庫本になっている作品は全部読んだ。2010年には太宰のふるさと津軽を旅行し、昨年は太宰が滞在した富士河口湖町の「天下茶屋」を訪ねた。太宰が多くの作品を描いた三鷹市にも、いつかは出かけたいと思い『太宰治と歩く文学散歩』という本も読んだ。機は熟せり!チャンスはいきなり訪れた。
6月19日は太宰治の誕生日であり、遺体が発見された命日でもある。この日を「桜桃忌」と呼び、俳句の季語にもなっている。毎年、多くの太宰ファンが墓を訪れ、テレビのニュースにもなるほどだ。
太宰の墓は三鷹市の禅林寺にある。電話で聞いたところ、法要などは行わず、午前8時から日没まで墓参ができるという。
↓禅林寺

↓案内看板

友人が「墓に行くなら、東京駅まで迎えに行ってあげるよ。俺のアパートに泊まればいい」というものだから、「これを逃したら絶対に後悔する」と思い、意を決して出かけることにした。墓参だけではなく、三鷹駅周辺の太宰治展示室や太宰治文学サロン、入水場所などを巡ることにした。
↓墓に「太宰治」と彫ってある部分にサクランボが埋め込まれていた

まずは墓参から。禅林寺は三鷹駅から南に1.5kmほど。歩けば20分ほどかかるが、車なら5分ほどだ。寺の駐車場は広く余裕がある。案内看板の通りに墓地に進んだら人だかりがあり、場所はすぐに分かった。立派な墓ではないが、墓を埋め尽くすように花束が置かれ、桜桃忌にちなんだサクランボ(黄桃)や酒類などが供えられていた。仏花を持って新幹線に乗るのはいやだったので、「妙高山」のワンカップを供えてきた。
↓お供えものの数々。フリマみたいだ

年配の人もいたが、若い女性が多いのに驚いた。高校生らしい女の子が墓の横に立って写真を撮っていた。隣に津島家の墓があり、奥さんが入っているという。ヤキモチを焼かないだろうか。
↓行列ができた

墓参を済ませた頃には、10人以上の行列ができていた。「桜桃忌」の日は、一日中、参拝者が途切れないという。さすが太宰治だ。
↓森鴎外の墓

太宰の墓の近くに森鴎外の墓もある。太宰が鴎外を尊敬していたことから、禅林寺に太宰の墓が建てられたという。鴎外の墓にも花が供えられていたが、太宰と比べるべくもない。鴎外がヤキモチを焼かないだろうか。
◇禅林寺:三鷹市下連雀4-18-20
【関連記事】
◇太宰治が滞在した「天下茶屋」へ(2021年10月19日)
http://8446.blog79.fc2.com/blog-entry-5145.html
◇太宰治と宮沢賢治の故郷を訪ねて(2)(2010年11月7日)
http://8446.blog79.fc2.com/blog-entry-1119.html」
◇太宰治と宮沢賢治の故郷を訪ねて(1)(2010年11月6日)
http://8446.blog79.fc2.com/blog-entry-1120.html
今日の
最低気温20.0度、最高気温28.5度。晴れ。今日は夏至。午後7時を過ぎてもまだ明るい。
○……2日間、東京や神奈川にいたので、上越妙高駅に着いてから、ドラッグストアに行って、抗原検査をしてもらった。15分ほどで「陰性」との結果が出た。抗原検査だから絶対に感染していないとはいえないが、ひとまず安心。
友人に東京駅まで迎えにきてもらったし、ほとんどが車の移動か徒歩だから、感染の確率は低い。食事もアクリル板で仕切ってある店でしか食べなかったし、外ではマスクを着用し、こまめに手指のアルコール消毒していた。でも、念には念を入れ。
6月19日は太宰治の誕生日であり、遺体が発見された命日でもある。この日を「桜桃忌」と呼び、俳句の季語にもなっている。毎年、多くの太宰ファンが墓を訪れ、テレビのニュースにもなるほどだ。
太宰の墓は三鷹市の禅林寺にある。電話で聞いたところ、法要などは行わず、午前8時から日没まで墓参ができるという。
↓禅林寺

↓案内看板

友人が「墓に行くなら、東京駅まで迎えに行ってあげるよ。俺のアパートに泊まればいい」というものだから、「これを逃したら絶対に後悔する」と思い、意を決して出かけることにした。墓参だけではなく、三鷹駅周辺の太宰治展示室や太宰治文学サロン、入水場所などを巡ることにした。
↓墓に「太宰治」と彫ってある部分にサクランボが埋め込まれていた

まずは墓参から。禅林寺は三鷹駅から南に1.5kmほど。歩けば20分ほどかかるが、車なら5分ほどだ。寺の駐車場は広く余裕がある。案内看板の通りに墓地に進んだら人だかりがあり、場所はすぐに分かった。立派な墓ではないが、墓を埋め尽くすように花束が置かれ、桜桃忌にちなんだサクランボ(黄桃)や酒類などが供えられていた。仏花を持って新幹線に乗るのはいやだったので、「妙高山」のワンカップを供えてきた。
↓お供えものの数々。フリマみたいだ

年配の人もいたが、若い女性が多いのに驚いた。高校生らしい女の子が墓の横に立って写真を撮っていた。隣に津島家の墓があり、奥さんが入っているという。ヤキモチを焼かないだろうか。
↓行列ができた

墓参を済ませた頃には、10人以上の行列ができていた。「桜桃忌」の日は、一日中、参拝者が途切れないという。さすが太宰治だ。
↓森鴎外の墓

太宰の墓の近くに森鴎外の墓もある。太宰が鴎外を尊敬していたことから、禅林寺に太宰の墓が建てられたという。鴎外の墓にも花が供えられていたが、太宰と比べるべくもない。鴎外がヤキモチを焼かないだろうか。
◇禅林寺:三鷹市下連雀4-18-20
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◇太宰治が滞在した「天下茶屋」へ(2021年10月19日)
http://8446.blog79.fc2.com/blog-entry-5145.html
◇太宰治と宮沢賢治の故郷を訪ねて(2)(2010年11月7日)
http://8446.blog79.fc2.com/blog-entry-1119.html」
◇太宰治と宮沢賢治の故郷を訪ねて(1)(2010年11月6日)
http://8446.blog79.fc2.com/blog-entry-1120.html
今日の足跡
最低気温20.0度、最高気温28.5度。晴れ。今日は夏至。午後7時を過ぎてもまだ明るい。
○……2日間、東京や神奈川にいたので、上越妙高駅に着いてから、ドラッグストアに行って、抗原検査をしてもらった。15分ほどで「陰性」との結果が出た。抗原検査だから絶対に感染していないとはいえないが、ひとまず安心。
友人に東京駅まで迎えにきてもらったし、ほとんどが車の移動か徒歩だから、感染の確率は低い。食事もアクリル板で仕切ってある店でしか食べなかったし、外ではマスクを着用し、こまめに手指のアルコール消毒していた。でも、念には念を入れ。
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