22日22時16分=2023年=
「疼く人」は官能小説ではなかった
2年前、2021年発刊なのに、いまだに人気がある小説「疼(うず)く人」(松井久子著)。友達が貸してくれたのだが、本棚の片隅に置いたまま忘れていた。ようやく、読み始めたが、性描写が具体的(官能的ではない)で、少々驚いた。男の作家が書く性描写(例えば団鬼六や川上宗薫)とまったく違う。男が読んで興奮するような性描写ではない。

タイトルがいい。「疼く人」。本の装丁もいい。「最後のひと」という続編も出て、2作合わせて10万部のヒットだという。続編は86歳の男性との恋愛で、年齢がどんどん上がっていく。さらに続編を出すとしたら100歳超えかも。だって厚生労働省の発表によると、100歳以上の人は、全国で合わせて9万2139人もいるのだから。
登場人物から説明したい。主人公の唐沢燿子(ようこ)は70歳。浮気した夫と離婚後、一人娘を育てながら、一念発起し、テレビドラマの脚本家として第一線で活躍していた。しかし、「唐沢燿子はもう古い」と言われるようになり、仕事がなくなった。仲良しの同級生3人を大事にしながら、料理やアルトサックスを趣味に穏やかな老後を生きようとしている。だが、「自分は、逗子のマンションでひとり老いていき、孤独のなかで死んでいくのだ」「料理を一緒に食べる相手がいたら、もっと美味しいのにと思ってしまう」という一抹の寂しさもある。
同級生は、夫がエリートビジネスマンの広田繁美。不倫40年、独身の武田美希子、夫をがんで亡くし一人で画廊喫茶を営む杉崎潤の3人である。
(注意・以下、結末に触れる部分あり)
突然、燿子にアタックしてきたのが、燿子の脚本のファンだという15歳年下の男、沢渡蓮(55)がFacebookで接触してきた。メッセージのやりとりをするうち、ズブズブと溺れていく。長い間しまい込んでいた「女」が顔を出し、「久しぶりの発情期」だと感じる。女友達から艶っぽくなったと言われ、新しく買ったランジェリーを用意して沢渡と会う日に備えた。
老年男性の性は、谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」をはじめ、いろいろ読んだが、70代の女性を主人公とした恋と性を取り扱った小説は初めて読んだ。女性が老いてもなお「疼く」ことがあるなんて、若い頃は考えもしなかった。自分が年を取ってくると、この小説に書いてあることが理解できる。男も女も死ぬまで「男と女」なのである。
生々しい性描写は、この小説のアピールポイントなのだが、経験豊富な読者にとっては、それほど異常なことではない。蓮が「聖水」を飲む場面も驚くほどアブノーマルなことではない。開高健の短編「一滴の光」(「珠玉」収録)にもある。ただ、入浴時の性器の手入れとか、閉経の感情とか、女性作家ならではの描写は興味深かった。それよりも、連の小学生時代に母子寮で複数のおばさんから弄ばれた性体験の方が面白かった。
死ぬまで続くかと思われた二人の関係は、蓮からの別れのメッセージとFacebook、LINEの閉鎖、削除で突然終わる。その後蓮は建設の仕事で転落死し、おまけに妻もいたという展開。単なる転落死なら、Facebook、LINEを見れば二人の関係は妻にバレてしまう。それを防ぐために、自殺もあり得るという結末になったのだと思う。蓮の妻は本当に二人の関係を知らなかったのかも、分からない。
今日の
最低気温 度、最高気温 度。
○……「疼くひと」の中に二人が初めてのデートで、逗子と鎌倉をドライブする場面がある。映画が大好きな蓮のために、鎌倉にある円覚寺に行く。そこには小津安二郎監督と木下恵介監督の墓があり、二人は手を合わせる。初めてのデートに墓参りというのは面白い。今度、鎌倉に行ったら行ってみたい。
この寺は、小津安二郎監督の「晩春」で、冒頭のお茶会のシーンに登場したという。また、文学では夏目漱石の「門」や川端康成の「千羽鶴」の舞台になり、有島武郎の「或る女」もここで執筆されたという。小津監督の墓の墓碑銘はただ「無」の一文字だという。道路1本を隔てた向かい側は木下監督の墓があり、「木下家の墓」と刻まれている。
それと、茅ヶ崎には遺族から、亡くなるまでの16年間を過ごした邸宅が寄贈され、「開高健記念館」として開設された。そこにも行ってみたい。茅ヶ崎は桑田佳祐の出身地でもあり、今年10年ぶりに凱旋ライブをやった。ライブも見たい。
◇円覚寺
所在地:神奈川県鎌倉市山之内409
電話:0467-22-0478
◇開高健記念館
所在地:神奈川県茅ヶ崎市東海岸南6丁目6-64
電話:0467-87-0567
開館日:金・土・日曜日の3日間と祝祭日
入館料:200円

タイトルがいい。「疼く人」。本の装丁もいい。「最後のひと」という続編も出て、2作合わせて10万部のヒットだという。続編は86歳の男性との恋愛で、年齢がどんどん上がっていく。さらに続編を出すとしたら100歳超えかも。だって厚生労働省の発表によると、100歳以上の人は、全国で合わせて9万2139人もいるのだから。
登場人物から説明したい。主人公の唐沢燿子(ようこ)は70歳。浮気した夫と離婚後、一人娘を育てながら、一念発起し、テレビドラマの脚本家として第一線で活躍していた。しかし、「唐沢燿子はもう古い」と言われるようになり、仕事がなくなった。仲良しの同級生3人を大事にしながら、料理やアルトサックスを趣味に穏やかな老後を生きようとしている。だが、「自分は、逗子のマンションでひとり老いていき、孤独のなかで死んでいくのだ」「料理を一緒に食べる相手がいたら、もっと美味しいのにと思ってしまう」という一抹の寂しさもある。
同級生は、夫がエリートビジネスマンの広田繁美。不倫40年、独身の武田美希子、夫をがんで亡くし一人で画廊喫茶を営む杉崎潤の3人である。
(注意・以下、結末に触れる部分あり)
突然、燿子にアタックしてきたのが、燿子の脚本のファンだという15歳年下の男、沢渡蓮(55)がFacebookで接触してきた。メッセージのやりとりをするうち、ズブズブと溺れていく。長い間しまい込んでいた「女」が顔を出し、「久しぶりの発情期」だと感じる。女友達から艶っぽくなったと言われ、新しく買ったランジェリーを用意して沢渡と会う日に備えた。
老年男性の性は、谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」をはじめ、いろいろ読んだが、70代の女性を主人公とした恋と性を取り扱った小説は初めて読んだ。女性が老いてもなお「疼く」ことがあるなんて、若い頃は考えもしなかった。自分が年を取ってくると、この小説に書いてあることが理解できる。男も女も死ぬまで「男と女」なのである。
生々しい性描写は、この小説のアピールポイントなのだが、経験豊富な読者にとっては、それほど異常なことではない。蓮が「聖水」を飲む場面も驚くほどアブノーマルなことではない。開高健の短編「一滴の光」(「珠玉」収録)にもある。ただ、入浴時の性器の手入れとか、閉経の感情とか、女性作家ならではの描写は興味深かった。それよりも、連の小学生時代に母子寮で複数のおばさんから弄ばれた性体験の方が面白かった。
死ぬまで続くかと思われた二人の関係は、蓮からの別れのメッセージとFacebook、LINEの閉鎖、削除で突然終わる。その後蓮は建設の仕事で転落死し、おまけに妻もいたという展開。単なる転落死なら、Facebook、LINEを見れば二人の関係は妻にバレてしまう。それを防ぐために、自殺もあり得るという結末になったのだと思う。蓮の妻は本当に二人の関係を知らなかったのかも、分からない。
今日の足跡
最低気温 度、最高気温 度。
○……「疼くひと」の中に二人が初めてのデートで、逗子と鎌倉をドライブする場面がある。映画が大好きな蓮のために、鎌倉にある円覚寺に行く。そこには小津安二郎監督と木下恵介監督の墓があり、二人は手を合わせる。初めてのデートに墓参りというのは面白い。今度、鎌倉に行ったら行ってみたい。
この寺は、小津安二郎監督の「晩春」で、冒頭のお茶会のシーンに登場したという。また、文学では夏目漱石の「門」や川端康成の「千羽鶴」の舞台になり、有島武郎の「或る女」もここで執筆されたという。小津監督の墓の墓碑銘はただ「無」の一文字だという。道路1本を隔てた向かい側は木下監督の墓があり、「木下家の墓」と刻まれている。
それと、茅ヶ崎には遺族から、亡くなるまでの16年間を過ごした邸宅が寄贈され、「開高健記念館」として開設された。そこにも行ってみたい。茅ヶ崎は桑田佳祐の出身地でもあり、今年10年ぶりに凱旋ライブをやった。ライブも見たい。
◇円覚寺
所在地:神奈川県鎌倉市山之内409
電話:0467-22-0478
◇開高健記念館
所在地:神奈川県茅ヶ崎市東海岸南6丁目6-64
電話:0467-87-0567
開館日:金・土・日曜日の3日間と祝祭日
入館料:200円
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